女性の経験を真剣に語る地図
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フェミニズムを専門とする米国の研究者、ジョニー・シーガーの著書「THE WOMEN’S ATLAS」を訳したもので、明石書店から2020年10月、日本語版が発行された。1986年に初版が刊行された後、随時データが更新されているロングセラーだ。シーガーが、「本書は単なる女性に関する地図帳ではない。女性の経験を真剣に語るというレンズを通した、フェミニズムによる世界の再地図化だ」と自ら説明している。
その言葉通り、本書では、女性たちの今現在の状況を数値化したデータをグラフや地図全体を通して、カラフルに色分けしている。地域別や国ごとにどのような状況にあるかについて一目瞭然で、比較がしやすい。自分が暮らす国が世界の中でどのような位置付けかについて、「見える化」されているので、瞬時に状況を知ることができるのが特徴だ。
「家父長制」そのものが性差別
本書の最初のテーマは「世界の女性たち」と銘打っており、女性の性のあり方を決めている国家の役割、権力体制が差別状況を作り出すことを指摘している。そして「あらゆる国家は家父長制的である」と断言している。そのことから、男性は女性が得ることのできない利益を得ていることを指摘。家父長制が日常的な性差別そのもので、ミソジニーとつながり、ジェンダー不平等をもたらす原因であることが説明されている。女性の読者は、この文章を読むだけで、自分が受けている差別がなんであるかを明確に自覚し、胸の奥にあるもやもやした感情が整理されてくるだろう。世界的視野に立って、女性の置かれた状況を考えるきっかけになる。
意外な米国の状況
国連女性差別撤廃条約の署名や批准については、6カ国が未達成であることに気づかされる。その中に意外な国が含まれているが、それは米国だ。米国では保守的な政治家と宗教団体が猛烈に反対したため、署名だけに止まり、批准に至っていない。パラオとトンガも米国と同じく署名だけをしている。イラン、スーダン、ソマリアは批准も署名もしていない。ほとんどの国や地域が批准、署名をしているだけに米国の未達成は目立っている。他の未達成な国は、家族のモラルと原理に反するということなどを理由に掲げている。
日本の「先進国」は表層部分だけ
さらに、日本人として、女性として、生きづらさ、息苦しさを感じる理由を地図の一つから見出して、納得した。国ごとに男女の間の格差の大きさを健康、教育、経済活動、政治などの複数の視点から数値化した「グローバル・ジェンダーギャップ指標」の結果を色分けで落とし込んだ地図が掲載されている。日本は、ジェンダーギャップ指数のランキングでは91〜125位の中に位置している。中国、インド、韓国、エチオピアなどと同じ水準だ。ヨーロッパの多くの国は、ランキングの1〜20位に位置しているという傾向がすぐにわかった。多方面で日本は先進国並みに見えているが、それは表層に過ぎず、社会構造の根本部分ではかなりの差があることがわかった。アジアの大国、中国、インドが日本と同じランクで、総じてアジアでは、ランキングが低い。
賃金格差は世界的な動き
「収入の格差」のページでは、「どこであれ、女性の収入は男性より低く」と描かれている。さらに人種や年齢などの要因も加わり、その格差は広がりを持っている。そもそも昇進、昇給の機会を平等に与えられていない。「ウォルマート」の制度的賃金差別が明らかになったケースや2017年に発覚したB B Cの賃金のジェンダー格差についても説明されている。最も高給な男性キャスターは220万ポンドで、もっとも高級の女性キャスターは45〜50万ポンドといった、著しい格差に愕然とする。日本国内でも男女の賃金格差について、裁判で争われるケースがあるが、このあからさまな金額の格差については、各国共通で存在することから、個別の会社の事情というより、普遍的な女性に対する差別構造、差別感情が基になっているという判断がつく。
経済的格差がジェンダー格差の背景
基本的に女性には財産がない、持たせてもらえない存在だということにもあらためて気づかされた。本書では、農地保有者の女性の割合といった世界各国の割合が並ぶグラフでそのことが如実に表されている。最も女性の割合が高いのがイタリアで31%。次に20%代がカナダ、フランス。米国は14%、イギリスは13%だ。おそらく、社会的な制度や慣習の影響からきたものだろう。所有者は男性であるといった、ところから、相続も家族が暮らす住宅の所有権が男性であることで、自主的な経済活動や行動に萎縮、抑制がもたらされることが想像できる。
これに続いて、収入が高い「世界の億万長者」や米国や英国における高収入のC E Oにほとんど女性が含まれていない。権力の源になる資本や財産を握っているのは男性ばかりだということがわかる。社会的価値観を左右するには、政治制度を変えることも大事だが、社会に実質的な意識変革を巻き起こしているのは経済的な部分だろう。その経済活動の分野で女性がなかなかイニシアティブを握れないことも、大きな意味を持つ。女性差別が声高に訴えられ、ジェンダーギャップの解消が、目標や理想として掲げられても、解消されない状況を生み出している社会的背景だと考えられる。また、本書を使って、地図や表を複数重ね合わすことで、構造的な問題なのだということを思い知らされる。
コロナ禍でギャップが広がる懸念
コロナ禍で、非正規労働者の多い女性が、雇用の調整弁として雇用の打ち切りに遭っている。雇用、労働の面でも、女性は弱くて不安定な立場だ。突然の打ち切りや理不尽な対応で仕事を失い、困窮する女性が増えている。ただでさえ、ジェンダー格差の解消が進まないところで追い討ちをかけるように、コロナの影響でますますその格差が増大することが危ぶまれる。
絶望的な気分に陥りがちだが、本書を読んだ後、ため息をついたり目を背けたりしても、変革をあきらめてはいけない。現実を見据えた上で、本書から見出した課題を一つひとつし解決していくことが望まれている。