ウクライナ紛争を伝える喉と舌 マス・コミの戦争報道技術力を評価する
はじめに
2022年2月24日に始まった、ロシアのウクライナ侵攻についてのマス・コミ報道をアンフィルターとしての目線で批判・検証したい。本稿は、デイビッド・マックニール記者から示された、日本のテレビ報道が現地取材を避けている状況を検討した論考を踏まえ、そこで示されなかった領域にも焦点を当て、ウクライナ侵攻についての報道の問題をさらに深く議論する材料としたい。
ウクライナ侵攻に関する歴史的背景
現在のウクライナ紛争を読み解く前提として、歴史的な背景を把握しておく必要があるだろう。しかし、多くの日本人にとって旧東欧諸国の一つにすぎないウクライナの歴史などはほとんど関心がなかったのが実態であるはずだ。加えて言えば、アメリカの政治学者イアン・ブレマーがNHK教育テレビETV特集(『ウクライナ侵攻が変える世界』※Unfiltered 注)のインタビューで答えていたが、ソ連崩壊以降の30年間、西側全体がこの地域に無関心だった。そのような西側目線からみると、なぜ、プーチンのロシアがウクライナに固執している(ようにみえる)のか理解し難いだろう。これには第2次世界大戦の独ソ戦から見直す必要がある。
また、ベラルーシのノーベル賞作家スベトラーナ・アレクシェービッチ(出身はソ連)は、ナチス・ドイツを生んだ第1次大戦の代償「ワイマール・コンプレックス」との類似性も指摘している。
ワイマール・コンプレックスとは、莫大ばくだいな戦後賠償負担がドイツ国民を疲弊させ、過剰なナショナリズムを生み出したことを指している。ドイツ人を熱狂させたナチスは共産主義者との闘いをイデオロギーにしていたが、現実としては石油資源の確保が戦争目的に挙げられる。ナチスにとっては当時、世界最大の油田地帯であったカスピ海西岸のバクー油田にまで支配地域を到達させることで、絶対的な基盤を構築できる可能性があったが、ソ連にとってはここを失うことはナチスとは逆の意味を持つ。
ソ連にとって首都モスクワや、バクー油田地帯を安全に保つための死守すべきラインはバルト海から黒海のクリミア半島までの一帯で、この線上ではナチスとソ連の激戦が繰り返された。独ソ双方が地上戦で数十万人単位の戦死者を出している。ウクライナも例外ではなく、ウクライナ東部にあるハリコフ(ゼレンスキー政権はハルキウと改称)では第2次大戦の間、4次にわたって、占領と奪還が繰り返されている。両者にとって絶対に必要なポイントだったのだ。
ハリコフを失った側は戦線を維持できずに降伏を余儀なくされる。つまりソ連にとって、ウクライナは重要なチョークポイントだったのだ。
ナチス・ドイツの敗北以降、ウクライナに触手を伸ばす輩やからは出てこなかったが、状況が変わったのが1991年12月26日のソ連解体だ。これによってウクライナがソ連邦から離脱・独立したが、ソ連の体制から抜けたウクライナは貧困化をたどる。この事態を西側は実質的に無視したが、ヨーロッパ大陸における地政学的な価値は認識していたはずだ。独立国には大使館を置くことができる。ロシアからウクライナを奪うチャンスが到来したという訳だ。
そして、貧困に不満を抱く国民を背景に2004年のウクライナ大統領選が行われるが、西側が強く介入した結果、「オレンジ革命」という負の遺産(西側の位置付けは民主革命ということだと思うが)を残した。
この大統領選では与党ヤヌコビッチが当選、EU(欧州連合)帰属派の野党ユシチェンコが落選(11月21日)した。これを選挙不正だと訴えてキエフでゼネストが発生した。欧米の圧力によって再選挙(12月28日)が行われた結果、ユシチェンコが当選することになった。
その10年後は決定的な事態が生じる。2014年に再びキエフで「マイダン革命」と呼ばれる暴動が発生。ウクライナ政府と独立派が衝突し、ヤヌコビッチは最終的にロシアに亡命することになった。武装した勢力が首都を制圧し、大統領がクリミア半島に避難する事態は実質的なクーデターであったと理解すべきだ。しかし、武装独立派勢力がクリミアに侵攻する事態となったため、ロシア軍が介入し、いわゆる「クリミア併合」を行ったのだが、この部分だけが西側メディアの記憶に残った。「プーチンのロシアがクリミアを併合した」というストーリーに上書き・変換されたのだ。
プロパガンダ:ウクライナ紛争を報じるメディア=代理戦争の喉と舌
今回、2022年のウクライナ紛争はこのマイダン革命と背景は類似している。むしろ、ロシアにとっては同じだ。「正当性はロシアにある」という意識を持って臨んでいる。マイダン革命の際、キエフで銃撃を行った武装勢力を支援していたのは西側であると「推定」できる。同様に今回も西側勢力の支援があったのだが、もはや「推定」は必要ない。紛争突発以降は、大っぴらに武器支援を行っており、実質的な代理戦争となっていると言えるだろう。人道支援の名目で武器を供給する行為を褒めたたえる西側メディアはまさに「戦争こそ平和」のディストピアを隠蔽いんぺいするプロパガンダだ。
マイダン革命以降のウクライナは、アメリカの介入工作が盛んに行われていたことを指摘しなければならない。当時のオバマ政権下でバイデン副大統領がウクライナの民主化を支援しており、バイデン対プーチンの構図はマイダン革命以降、続いているのだ。
バイデンは大使館を置くことで非公式な情報活動を続ける一方で、公式には米国政府の支援を受けた国際NGOを介してウクライナ民主化勢力を育成していた。全米民主主義基金(NED:National Endowment for Democracy)による支援活動は軍事訓練も支援しているとされ、ロシアにとっては危険な団体と言える。また、オープンソサエティ財団(OSF:Open Society Foundations)もウクライナ民主化に資金援助を行っていることが分かっている。いずれの団体も国際的(つまり西側)なジャーナリズム支援も併せて行っていることに関心を払うべきだろう。
これらのバックグラウンドを踏まえて、今日のマス・コミ報道をみると滑稽さが際立つ。「ロシア軍の士気が低い」「原発を占拠して汚い爆弾化する」「住民を虐殺している」「住民を強制的に移住させていている」など、ウクライナ政府の(一方的な)見立てをマス・コミ自身が解説を加えながら報じている。
私たちが見ている世界は、(西側からみた) 一方的なものであることに注意を払うべきだ。 戦争状態であればさらに厳しく見極める必要がある。西側メディアにとって情報源の確実さなどは不要で、ロシア叩きに乗じていれば立派なジャーナリズムであると思っているのだろう。
ゼレンスキーのウクライナは、これからは「キエフ」ではなく「キーウ」と読め、との方針だが日本政府は法改正までして大使館の日本語読みを変えると言う。しかし、権力者がいかに地名を変えてもその歴史まで上書きすることはできない。
そもそも、プーチンのロシアが言う「ウクライナの非ナチス化」という意味を理解しなければ、「停戦交渉」などは無理だ。4月10日現在、「ナチスなどはいない」とテレビのコメントで一笑した大学教授がいたが、その程度の理解なのだ。ロシアにとってウクライナの民主化勢力は西側の支援を受けた反露勢力であり、ロシア系住民にとっては恐怖の存在だ。ウクライナ独立派の「アゾフ大隊」と称する民兵組織は高度に武装化された集団だが一体、誰の支援を受け、誰の指揮下で活動しているのか。
ウクライナの民主化はバイデン米大統領にとっては積年の闘いであり、G7が結束して武器を供給し続けるべきだ、とアメリカへの忠誠を誓わせている。マス・コミも追随している。しかし、新聞・テレビなど大手マス・コミの供給するウクライナ紛争情報への関心は薄れ始めている。西側メディアが一方的な情報を流している、という疑問を感じ始めている人も多い。むしろオルタナティブなメディアの方が正しい情報を出しているのでは、と考える層も出ているのではないか。30年間無関心だった旧東欧の辺境、ウクライナへの同情心は作られたものではないのか見極める必要があるだろう。