菅政権とメディアをよむ
産経、読売も批判した施政方針演説 メディアの首相離れ?
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新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大に直面しながら、対策が後手に回る菅義偉政権への新聞論調が厳しい。1月18日に開会した通常国会での菅首相の施政方針演説には安倍晋三前政権寄りが目立った『読売新聞』や『産経新聞』さえもが否定的な評価だ。
「感染症の不安を解消するために今、何をなすべきか、という強い問題意識が感じられなかったのは残念である」
読売社説(1月19日)はそう言い切った。
産経主張(同)も「首相が国民に協力を求める絶好の機会だったが、通り一遍の語り掛けとなった印象だ」と突き放す。
これに加え、『日本経済新聞』の社説(同)が掲げた見出しは「首相はもっとわかりやすく針路を示せ」だ。師と仰ぐ故・梶山静六氏から聞いたとして菅首相が口にした「国民に負担をお願いする政策も必要になる。その必要性を国民に説明し、理解してもらわなければならない」という教えもむなしく、日経は「その言葉に見合う説明責任をきちんと果たしてきていれば、内閣支持率の急落はなかったのではないか。自身の言葉遣いをよく振り返ってほしい」。
一方、『朝日新聞』『毎日新聞』『東京新聞』の3紙の社説(同)の見出しは、それぞれ「施政方針演説 首相の覚悟が見えない」「菅首相の施政方針演説 不安に全く応えていない」「首相施政方針 危機克服の決意見えぬ」である。3紙の評価は、推して知るべしだろう。
世論が二分するような憲法改正や安全保障、人権問題にかかわる政府の政策では、日本の新聞のスタンスは、読売・産経・日経と朝日・毎日・東京とで二分することが少なくないが、今回の菅首相の施政方針演説に対する評価は並んだ形だ。
安倍晋三前首相の後援会が東京都内のホテルで開いた地元・山口の支持者らを招いた「桜を見る会」の前夜祭を巡って、安倍氏の公設第一秘書・配川博之氏が政治資金規正法違反(不記載)で東京簡裁に略式起訴(罰金100万円の略式命令)となった事件では安倍氏自身は不起訴となった。安倍氏は年の瀬も押し詰まった2020年12月24日に記者会見、25日には衆参の議院運営委員会に出席して釈明した。ホテルに支払う費用のうち、会費として徴収した差額分の安倍氏側の補填を否定し続けた自らの虚偽説明に謝罪をしたものの、その説明は真相からは程遠い内容だった。
19年10月に共産党の機関紙『しんぶん赤旗日曜版』(10月13日号)のスクープで明らかになった問題だが、朝日、毎日、東京ほど問題視はしてこなかったものの、安倍氏の説明はさすがに不十分だとみて読売、産経、日経もさらなる説明責任を果たすことを安倍氏に求めた。
▽ 読売社説「国会での質疑を経ても、不明な点は残っている。真相が分かった段階で、安倍氏は丁寧に説明責任を果たすべきだ」(2020年12月26日)
▽ 産経主張「自らの閣僚らが不祥事に見舞われてきた『政治とカネ』の問題だ。疑惑を 晴らすべきは安倍氏自身である(略)。野党が議員辞職を求めたのに対し、安倍氏は否定した。今後、国会議員として有権者の負託に応えるには、どこまで行動で責任を果たせるかにかかっている」(同)
▽ 日経「現職の首相として事実に反する国会答弁を繰り返した道義的な責任は重い。今後も真相究明と国民への説明の努力を続けていく必要がある」(同)。
安倍氏に調査を促すこともなく安倍氏と同じ内容を繰り返した菅首相の責任も重いのは当然だ。
内閣支持率が急落 安倍政権は急回復したが
2020年9月に菅政権が発足して以降、支持率は下落の一途だ。
NHKが実施した最新の世論調査(1月9日〜11日)によると、菅内閣を「支持する」と答えた人は、20年12月(11日〜13日)より2ポイント減の40%。「支持しない」と答えた人は、5ポイント増の41%で支持と不支持が逆転した。
菅政権が発足した直後の20年9月は「支持する」が62%、「支持しない」が13%と高い支持率を示した。日刊紙の『しんぶん赤旗』の報道(10月1日)で日本学術会議から推薦のあった新会員105人のうち6人を任命しなかった問題が発覚したのちも支持率は55%(10月)、56%(11月)で不支持が20%(同)、19%(同)と横ばいだった。これを踏まえると、急落要因がコロナ対策であることは明らかで、東京など1都3県に1月7日に発出した緊急事態宣言のタイミングについての質問で「遅すぎた」が79%で、「適切だ」が12%との回答だったことが裏付けている。
安倍前政権は、特定秘密保護法(13年12月6日成立)や、安全保障関連法(15年9月19日)など国民の間に反対の多い政策を強行突破して一時的に支持率を下げたとしても巧みなメディア演出でほどなくすると支持率を回復基調に載せていた。たとえば、特定秘密保護法の成立直後の13年12月26日には靖国神社を参拝したり、安保法成立後の15年11月1日には民主党政権下だった12年5月13日に北京で開いて以来約3年半ぶりの日中韓首脳会談をソウルで開催している。
テレビ朝日の世論調査では、13年12月の調査(11月30日、12月1日)で安倍内閣を「支持する」と答えた人は前月比2.5ポイント減の52.1%、「支持しない」が同0.4ポイント増の25.4%だったのが、14年1月の調査(12日、13日)は「支持する」が前月比1.2ポイント増の53.3%、「支持しない」が同1ポイント増の26.4%。
15年9月の調査(12日、13日)では「支持する」が前月比2.6ポイント減の39.8%、「支持しない」が同1.3ポイント増の38.7だったのが、15年12月の調査(5日、6日)では「支持する」が前回(10月)比5.1ポイント増の47.3%、「支持しない」が同7.7ポイント減の33.3%と支持率は反転することが多かった。
これに対して、安倍政権のメディア対策を担ってきた菅首相の政治記者評は「コロナ対策では国民に行動変容を呼びかけなければならないが、そのようなパフォーマンスは首相の得意とするところではない。演説では緊急事態宣言で国民に不便をかけることを陳謝したが、気持ちを全面に出す場面はなかった」(杉本康士・産経新聞記者・1月19日朝刊)というもので、記者会見で口にした菅首相の言葉で有権者に印象づけたのは「お答えは差し控える」というフレーズに違いない。
菅首相はいったい、どんな政治家なのか。
菅首相の大臣としてのデビューは、第一次安倍政権(2006年9月〜07年9月)で就任した総務大臣(06年9月〜07年8月)だ。
菅首相は野党時代の12年3月に出版した単行本『政治家の覚悟 官僚を動かせ』(文藝春秋企画出版))を改訂した新書『政治家の覚悟』(文藝春秋)を政権発足後の20年10月に出した。これらの本から浮かび上った政治家像は、日本学術会議の任命拒否問題でみせた法匪ぶりであった。「大辞泉」(小学館)によれば、法匪とは「法律の文理解釈に固執し、民衆をかえりみない者をののしっていう語」。筆者にののしるような意図はないが、『政治家の覚悟』を読み解くと菅首相を表現するのにこれほど似つかわしい言葉はないだろうと気づかされる。
菅総務省「橋本NHK会長では無理」
NHKのトップ人事は「政治銘柄」としばしば呼ばれる。なぜなら放送法の規定の通りには運用されず、その時々の政権の意向が人選に反映されることが少なくないからだ。その象徴的な出来事が、菅総務大臣のときに起きた。
朝日は2007年5月18日の朝刊一面で「新委員長に古森氏 NHK経営委 富士フイルム社長」とする記事を掲載した。「政府は17日、NHK経営委員会の新しい委員長に富士フイルムホールディングスの古森重隆社長(67)を起用する方針を決めた」。この記事の書き出しだ。
放送法は、経営委員人事について「両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する」とし、委員長人事については「経営委員会に委員長一人を置き、委員の互選によってこれを定める」と規定。政府の任命権は、法律上は委員にとどまり、委員長の選任権はない。ところが新委員長に、政府の意向に沿った人物が選任されるというのだから、穏当ではない。
当時のNHKは、『週刊文春』の報道(04年7月)で発覚した受信料着服事件をきっかけに広がった受信料の不払い問題が尾を引き、未払い者への法的手続きを進めるさなかにあった。菅総務大臣は07年1月、放送法を改正し、受信料の支払い義務化と、2割の引き下げをセットで行うことを表明。対応を求められた、橋本元一会長らNHK執行部は消極姿勢で、菅氏とは対立関係にあった。
NHK改革を進めるためには、NHK出身の橋本会長では無理だと判断しました。そこで、近く半数の委員が改選されることになっていた経営委員会に、改革意欲のある民間人に入っても
読みようによっては人事介入の告白である。
古森氏は、安倍氏を囲む経済人の集まりである「四季の会」のメンバーであり、今では富士フイルムは安倍氏の政治資金パーティー券を購入するという関係にある。
安倍政権に近い人物が、経営の基本方針や重要事項を議決できる経営委員会のトップとして送り込まれたわけだ。古森氏と同じ時期に経営委員に就任した小林英明弁護士は、安倍氏が自民党幹事長だった時代に月刊誌『噂の真相』(04年休刊)が報じた記事についての名誉棄損訴訟で安倍氏の代理人を務めた。
経営委員会が07年9月に橋本会長ら執行部から示された経営計画の中にあった値下げ率は、古森氏の後ろ盾となった菅氏の持論である受信料の20%値下げに及ばない最大で月額100円(7%)。このため委員会は承認しなかった。
古森氏は、歴史観でも安倍首相と重なるとされ、選挙期間中の歴史番組について執行部に注文を付けたり、国際放送では国益を主張すべきだと発言。同社出身でNHKの国営放送化を求める会のメンバーでもある自民党議員の「励ます会」発起人を務めるなど露骨な介入をNHKで進め、政権との癒着批判が絶えなかった。
一方、NHK執行部のトップである会長は、放送法では経営委員会が任命することになっている。古森氏は続投意欲を示す橋本会長を選考から除外することを表明し、「四季の会」メンバーらに次々と打診していったという。強引な議事運営に二人の経営委員が記者会見して批判するなど独善的な手法は混乱を招いた。
古森氏主導による会長人事だったものの後にリーマンショック(08年)と呼ばれる世界経済の不透明感が強まる中で、福地執行部が受信料値下げ額を経営計画に明記することに慎重姿勢だったことは、会長の首をすげ替えてまでも値下げに固執した菅氏には計算外だったに違いない。経営委員会は08年10月、執行部案を認めず、「受信料収入の10%を還元」と経営計画に初めて修正を行なったうえで、議決した。12人の委員のうち3人が反対する異例づくめだった。
『政治家の覚悟』には、こうした経緯の記述もないまま、自らの手柄のように次のように記している。
菅氏が記述したこの章のタイトルは「マスコミの聖域にメス」。およそ民主主義国を名乗る国家では、政府から独立した機関が放送行政を所管している。たとえば、米FCC(連邦通信委員会)や英OFCOM(通信庁)で、日本でも電波監理委員会(1950年7月31日廃止)が、かつてはあった。菅総務大臣のように閣僚が強権を放送局に直接ふるえる国を探すのはかなり難しい。
菅首相は総務大臣時代に果たせなかった受信料の義務化をどうやら目指したいらしい。いっそ実態に合わせて中国や北朝鮮のようにNHKを国営化したらどうか。『政治家の覚悟』の帯の言葉でなぞらえるとすれば、政府のNHK介入を目にしたとしても国民は、「(菅首相の)『当たり前』を菅首相が実現した」と受け止めるだけだろう。