COP閉幕後も課題山積 変わる社会構造、迫られる産業界 電気自動車主流の中で日本は
第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26。10月31日開幕、11月13日閉幕)は成果文書「グラスゴー気候合意」を採択したが、形骸化した国際会議という感は否めない。気候変動問題のポイントは何なのか。アンフィルターに執筆し、日ごろこの問題を日本で取材する日比野敏陽記者と大津昭浩記者に対談してもらった。前半と後半に分けて掲載する。
カーボンニュートラルの意味
日比野敏陽 カーボンニュートラルとは、二酸化炭素(CO2)をはじめ人間の活動で発生する温室効果ガスと、植物が光合成で吸収する量などを相殺してプラスマイナスゼロとなる状態のことをいう。方法としては、化石燃料から再生可能エネルギー(再生エネ)や水素などへの転換、森林を再生させてCO2を吸収する植物を新たに育てる「カーボンオフセット」などがある。これを世界的に進める政策が求められている。
日本も取り組まなければ
日本も取り組まなければならない理由は2つある。第1に、英国や仏に遅れて産業革命が始まったとはいえ、先進国として大量の化石燃料を使ってきた歴史的責任がある。第2に、化石燃料を多く使っている中国やインドと比べても日本の1人当たりの排出量は多い。気候変動の影響が先進国に及ぶのはもっと先だと言われていたが、急速に起きているので、被害はもはや途上国にとどまらない。
以前は、気候変動の原因を抑制することと実際起きている被害に対応することが別々に語られていた。しかしこれが政策的に統合された。先進国にそれが求められている。
日本でCO2を大量に排出しているセクターは鉄鋼と火力発電だ。この2つで排出量の半分超を占めている。この分野に変革を迫る政策が必要だ。
遅れをとる自動車業界
圧倒的に遅れているのはモビリティ(自動車)部門だ。石炭や鉄鉱分野でCO2を削減し、セクターそのものを縮減化させるのなら、再生エネが必要となってくる。その入れ替えをしっかりやらなければ。
自動車業界は、ハイブリッド車の開発など、これまで方向転換策を打ち出してはいた。再生エネ化の波で自動車という巨大産業も変化が迫られる。ここで働く労働者にどのような影響があるかも考えたい。1996年に筑豊の炭鉱閉鎖を取材したのだが、雇用への影響は今も続いているようだ。セクター間の労働者の移行が失敗したと言われる。
石炭火力の技術者や労働者にどこで働いてもらうかは難しい問題だ。しかし気候変動対策として今後、石炭火力への国際的な閉鎖圧力が確実に強まる。先送りしても避けられない問題だから、今のうちに対処すべきだ。
トヨタの抵抗
構造変化に伴う問題は自動車業界でもある。今年10月の衆院選では、トヨタ労組が自民党支持を表明した。背景には電気自動車(EV)への急な移行に対する根強い抵抗がある。トヨタはハイブリッド車の開発・生産で業界の先頭を走ってきたが、世界はすでにEVの流れだ。加えていえば、9月の自民党総裁選には、トヨタ自動車とトヨタ労組双方から「河野太郎氏を首相にしてはいけない。引きずりおろせ」と圧力がかかった。どれほど強い抵抗かわかるだろう。
日本はリチウムを大量調達
大津昭浩 リチウム資源の取材をしてわかったことは、鉱物資源の開発・調達を担う経産省の外郭団体でもこれほどの需要急増を予測していなかったことだ。
炭酸リチウムは、南米の塩湖由来のものが品質・生産コスト共に最も優れたリチウム資源だという事実がある。だがこれは天日乾燥での生産なので、急な増産は不可能。こうしたリチウム資源の特殊性を軽視していた日本は、リチウム電池自動車の世界的普及はないだろうという漠然とした見通しを持っていたようだ。
2014年以降、このリチウムを日本メーカーが大量調達し始めたところから局面は変わった。リチウムイオンバッテリーの原料は水酸化リチウムだが、当然、塩湖由来のリチウムでは足りず、豪州産鉱石から抽出される中国製リチウムを調達することでまかなっている。日本の輸入構成をみると、すでに炭酸リチウムの倍以上も水酸化リチウムを調達しているので、増加分はすべて電池向けと考えてよい。
炭酸リチウムも水酸化リチウムも2014年以降、7年連続で急な右肩上がりで輸入してきたが、2021年に上昇がようやく止まった。2019年に米豪両政府がリチウムを重要資源に指定したのだが、日本が戦略備蓄素材にリチウムも含まれると明言したのは米豪の後追いにすぎない。
自動車の構造そのものが変化
日本のメーカーは電気自動車の生産や、車載用リチウム電池生産の領域で世界的な主導権を握ることもできたのではないか。それなのに普及キャンペーン程度の動きで終わらせようとしているように見える。
自動車は内燃機関だが、EVになると部品が大幅に減る。エンジンを制御するために必要だったものが、モーターに置き換わると不要になる。リチウム電池を制御するための機構は必要になるが、これらが分解整備されるのは廃車時かリサイクル時に限られるだろう。ブラックボックス化やアッセンブリー化が進むのはエンジン車でも同じだが、生産整備に関する技術技能が大きく変わるのは間違いない。
それに、自動車産業はすごく裾野が広いということも指摘したい。よく「自動車は輸出産業だから保護するんだ」という主張がなされるが、実際は自動車を製造し、売り、購入者に使われることで日本社会が回っている。車検制度は定期的な新車購入を勧める仕組みの1つでもあるし、重量税や自賠責保険など効率的な徴税制度も整えられている。完成したサイクルとして機能している。これらを財源として戦後の道路整備が進められてきたわけだが、その考えの源にあるのは「受益者(=国民)負担」だ。
産業面から指摘すれば、自動車生産には鉄・皮・布・ガラス・プラスチック等あらゆる素材を使う。1台の車を設計・生産・販売し、その後の整備、部品交換もして、廃車までもっていくという大きな流れができており、内需に欠かせない産業だ。もしこれが国内でまかなえなくなったら、必要な車両(介護タクシーや消防車など)まで輸入に頼ることになる。何も造れず修理もできない国になることは、国民からも望まれていない。
技術者はどこで働けば
日比野 そうなると内燃機関分野での技術や技術者をどうしていくのかも考えなければいけない。自動車という重要産業で、技術の核心を握る内燃機関や駆動部分を担う技術者や労働者はどこでどのように働けばいいのか。その部門はどうするのか。
それを突き付けられたトヨタは、今後10年で欧州のようなEVへの完全転換は許し難いと思い、日本の政界へ圧力をかけたわけだ。
水素自動車の議論は国内限定
水素自動車は日本だけの議論になっている。EVへ完全移行しない代わりに水素が持ち出されているが、水素は製造過程によってはグリーンでないやり方だといえる。
大津 水素自動車を推進してきたのは経産省。リチウムイオン電池車の普及が遅れた一因だ。本来、ガソリンエンジンを常圧の水素ガスで動かすことは難しいことではない。それをわざわざ長距離移動に必要だから高圧の液体水素を搭載しなければと言い、ハードルを上げて普及を妨げた。にもかかわらず「EVの次はやはり水素だ」とまだ言う。むだな広告費だ。
もともとリチウム電池は日本の技術だったが、世界的な需要期に入って車載用電池製造は米国に工場を移し始めている。リチウム電池生産のコア技術が日本に残るかは不透明だ。生産基盤を残すためには政策的な目標がなければ。リチウム電池の実用化に向けた基礎は、ノーベル賞を受賞した旭化成の吉野彰氏がリチウムイオン2次電池(蓄電池)の技術を確立し、ソニーが最初に量産化した。これこそ政策的にリーダーシップを取るべき新産業だった。
水素ステーション網は非現実的
水素ステーションは全国でアドバルーン的に設置されている。メディアは無批判に明るいニュースとして報じるが、スタンドの営業には人件費もかかるし、営業中かどうかを事前に電話確認するよう利用者に求めている。そう考えると、とてもじゃないが水素自動車は遠距離移動手段にならない。なにせ当初は、たとえ水素自動車を買っても、高圧ガス関連の国家資格保有者でない限り自分の車の装置にも触れられないという仕組みだった。
水素自動車の「クリーンさ」をアピールするため、「水しか出さない」とかいわれるが、この点をとらえて経産省は水素産業を「夢のエネルギー」と位置付け、水素ステーションの国内整備という夢物語を語っていた。「東京五輪を機に東京中のガソリンスタンドをなくして水素ステーションに変えよう」という考えも一部にあった。こうして日本国民をだましているが、自動車の世界的需要はリチウムイオン電池駆動の自動車にシフトしているのが現実だ。予測が甘い。